クルスク公
クルスク公(ロシア語: Князь Курский)は、ノヴゴロド・セヴェルスキー公国の分領公国だったクルスク公国の君主の称号である(「公」はクニャージからの訳出による)。公・公国の名は、その中心都市だったクルスクによる。
クルスク公の一覧
編集- イジャスラフ・ウラジミロヴィチ[1] - 在位:1094年 / 1095年 - 1096年
- イジャスラフ・ムスチスラヴィチ - 在位:1127年 - 1129年
- グレプ・オリゴヴィチ - 在位:1136年 - 1138年[2]
- スヴャトスラフ・オリゴヴィチ - 在位:1138年 - 1139年
- イヴァン・ユーリエヴィチ - 在位:1146年 - 1147年
- グレプ・ユーリエヴィチ - 在位:1147年 - 1148年
- スヴャトスラフ・オリゴヴィチ - 在位:1138年 - 1149年 (再任)
- オレグ・スヴャトスラヴィチ - 在位:1159年[2] / 1161年 - 1164年[2]
- フセヴォロド・スヴャトスラヴィチ[3] - 在位:1164年? - 1196年
- ? スヴャトスラフ・オリゴヴィチ - 在位:1196年? - ? (上記の同名の人物とは別人)
- オレグ(・スヴャトスラヴィチ?) - 在位:1220年代
- ユーリー・オリゴヴィチ[4] - 在位:13世紀
- ドミトリー(・スヴャトスラヴィチ?) - 在位:13世紀
- ヴァシリー・ドミトリエヴィチ - 在位:13世紀
- ヴァシリーの死により断絶
出典
編集- ^ Изяслав Владимирович // Биографический словарь
- ^ a b c Войтович Л.В. Князівські династії Східної Європи (кінець IX — початок XVI ст.) — Львів: Інститут українознавства, 2000.
- ^ ВСЕВОЛОД СВЯТОСЛАВИЧ // Русская история
- ^ Любецкий синодик (поз. 64)