建築史(けんちくし、英語:architectural history)とは、建築歴史のこと。建築学の一分野であると同時に、歴史学の一分野でもある。さらに、建築史は文化史美術史技術史社会史の一つとしても捉えられる[1]

建築史
建築家の夢トマス・コール、1840年、キャンバスに油彩、にトレド美術館 (トレドオハイオ州、アメリカ合衆国)

ゴシックルネサンスなど表層としての様式の変遷に目が行きがちであるが、建築様式のみが独自に展開するわけではなく、また様式はあくまでも個々の建築物の結果の総体であるので、社会的・経済的・文化的・技術的状況などの時代背景を総合的に考察する必要があるとされている。

現に残っている歴史的建造物の研究が中心になるが、古文書の分析や発掘などの考古学的手法により、失われた建造物の復元的考察も行われる。近代以降は、作り手としての建築家の内面にアプローチする作家研究も盛んである。建築史の専門家を意味する建築史家という呼称が、しばしば用いられる。建築史へのアプローチについては美術史の項目も参照。

建築史の分類

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様式による建築史

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現代では、様式の概念で西洋建築の歴史を把握するのは十分とはいえないが、西洋建築を把握する上で、様式はある時代に建設された莫大な建物を整理できるため、大変便利な枠組みとして使われている。

建築における様式の概念は、18世紀から19世紀にかけてヨーロッパで形成されたもので、それまでは、建築のある特定の調子(現在の様式の概念とは異なる)を「maniera」「caractere」などの言葉で指していたが、19世紀に「style」という言葉が支配的となった。日本でも、~式、~流、~派などの語が用いられていたが、森鷗外が「style」に対し、一貫して「様式」の言葉を充てた。

一般的に、建築様式とは、ある地域・時代の政治・文化・宗教・技術などの要因によって、固有かつ統一感のある建築造形が生まれるという図式で説明される。ただし、論者によって様々な捉え方があるため、例えばある建物やある建築家が、ある様式にあてはまるか否かといった議論は、つまりは様式をどのように認識しているかという問題に帰結する。また、当然のことながら、18世紀から19世紀のイギリス建築のように建築様式の枠組みでは説明しづらい事象もある。

各国の建築史

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様式が建築史の横糸であるとするならば、各国の建築史は言わば縦糸にあたる。建築は、絵画や彫刻に比べて莫大な金銭的、人的資源を必要とするため、地方の伝統や技術の影響を受けやすく、様式の枠組みから一線を画した独自性の強い建築が生まれることも珍しくない。このため、各国の政治的、社会的背景を踏まえた建築史の説明が必要となる。ただし、ヨーロッパなどの国境線は絶えず変動しており、ある時点までは国として存在していなかった場合もあるので、各国の建築史の範囲をどこまで適用するか難しい点もある。

古代の文明の建築の歴史

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西洋建築史

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古典建築

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ギリシア建築およびローマ建築初期キリスト教建築ビザンティン建築を様式として捉えるならば、その一部を含む)。「classic」の言葉が、しばしば最上級のものに用いられるように、14世紀以降、権威的・絶対的なものとしてとらえられていた。18世紀には、ギリシア芸術の復興運動(グリーク・リヴァイヴァル)が興り、どちらが建築の原始の姿に近いかという論争に発展した。

ビザンティン建築

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4世紀から滅亡する15世紀までの東ローマ帝国の建築を指す。ビザンティン建築のはじまりを7世紀以降とする場合もある。帝国が失われた後も、特に東欧諸国の正教聖堂で採用される。

ペルシア建築

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ペルシア建築英語版(イランの建築)」を参照。

ロマネスク建築およびゴシック建築

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10世紀以降の西ヨーロッパで興った独自の建築であるが、古典主義建築の隆盛とともに粗野なもの(=ゴート風「gothic」)とみなされ、建築造形としては廃れてしまう。19世紀になるとロマネスクの概念が生まれるとともに、ゴシック建築が再び注目され、リヴァイヴァル運動(ゴシック・リヴァイヴァル建築)が起こった。

古典主義建築

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古典建築(特にオーダー)を建築造形の源泉とする古典主義建築は、14世紀から20世紀初頭まで西洋建築において支持され続けた。

歴史主義・折衷主義

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古典主義が崩壊し、建築家はひとつの建物を設計するにあたって、多様な建築造形の中からひとつを選択する、あるいは様々な造形を組み合わせるようになる。このため、建築造形が整理され、様式の概念が生成された。

西洋近代建築史

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19世紀後半以降のヨーロッパにおける近代建築運動の展開とその作品に関する歴史のこと。

東洋建築史

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[注 1]

近代・現代建築史

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現代建築史

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広義には第二次世界大戦以降の建築史のこと。しかし、1960年代ごろまではおおむね近代建築運動の展開として位置づけられることから、狭義には近代主義建築に対する批判と反動が生じる1970年代以降の建築史を指すことが多い。

建築家研究・作家論

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広義には、作家としての主体が成立するルネサンス以降の建築家の事跡を追い、作品制作に向かう内面を明らかにする研究。20世紀以降の作家は現存する資料が多く、言説も豊富なため、近年は近代建築史研究の主流をなしている。

脚注

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注釈

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  1. ^ 世界各国における建築史研究ではなく、あくまで日本の中での日本における建築史研究に関して言うと、次のような経緯・沿革がある。 世界各国での建築史研究についてはen:History of architectureの末尾に掲載している文献などを参照のこと。
    • 1976年 彰国社から日本建築学会編『新訂近代建築史図集』が刊行
    • 1976年 村松貞次郎が『日本近代建築技術史』(彰国社)を刊行
    • 1977年 村松貞次郎が『日本近代建築の歴史』(NHK出版)を刊行
    • 1978年 村松・山口ほか編『近代建築史概説』(彰国社)が刊行
    • 1978年 日本建築史研究会設立
    • 1978年-1981年 越野武『日本の建築明治大正昭和』(三省堂)が刊行
    • 1980年 日本建築学会編『近代建築総覧』(収録建築13000件余)が刊行、公刊の目的通り「近代建築保存の基礎資料」となる
    • 1982年 近代和風建築研究調査会設立
    • 1983年 建築史学会設立
    • 1988年 DOCOMOMO設立(本部:オランダ
    • 1990年 文化庁「近代化遺産(建造物等)総合調査」
    • 1992年 文化庁「近代和風建築総合調査」
    • 1993年 近代化遺産として最初の重要文化財を指定
    • 1993年 『日本の近代建築(上)(下)』(藤森照信岩波新書)刊行
    • 1993年 学術専門書『新建築学大系5 近代・現代建築史』が公刊
    • 1993年 『近代・現代建築史』(鈴木博之山口廣、彰国社)刊行
    • 1996年 従来の文化財指定制度を補う「文化財登録制度」導入
    • 1997年 『図説・近代建築の系譜』(初田亨ほか、彰国社)
    • 1998年 『近代建築史』(中川理・石田潤一郎編、昭和堂)
    • 2000年 文化財登録制度の適応からもれる恐れのある近現代の建築作品・資料(日本のモダニズム建築)の保護を目指しDOCOMOMOJapan設立、「文化遺産としてのモダニズム建築-DOCOMOMO20選」展を開催
    • 2001年 『近代建築史』(桐敷真次郎、共立出版)刊行
    • 2005年 「文化遺産としてのモダニズム建築一DOCOMOMOlOO選」展(1921~1970年まで代表的建築100件)に発展
    1970年代後半になり近代建築を代表する建築作品の整理(建築図集、技術集成)が始まり、概括的な近代建築史が整理された。こうした、近代建築に関する「実態調査一総覧作成」、「個別研究一体系化」、そして「一般普及」などの一連の動きを受けて近代建築の文化財としての重要性が認知され、急激に消滅しつつある近代の建造物の保護をも視野に入る。近代建築史体系化に先立ち「近代建築総覧」の作成があり、具体的作品分析と時代思潮の考察から近代建築史が構築されていったのである。 なお、土木学会は2001年「近代建築総覧」に相当するものとして、土木史研究委員会編『日本の近代土木遺産一塊存する重要な土木構造物2000選』(土木学会、丸善)を刊行した。また、DOCOMOMOJapanの選定の仕組みに相当する制度として2000年、同時に土木学会独自に「土木学会選奨土木遺産」制度を発足させている。

出典

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  1. ^ アンドリュー リーチ (著), 横手 義洋 (訳)『建築史とは何か』中央公論美術出版、2016年12月1日、20-21頁。ISBN 9784805507742 

関連項目

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関連文献

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  • Francis Ching, Mark Jarzombek, Vikram Prakash, A Global History of Architecture, Wiley, 2006.
  • Nuttgens, Patrick (1983), The Story of Architecture, Prentice Hall.

外部リンク

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