池田軌明
江戸時代中期の備中鴨方藩の世嗣。池田軌隆の三男
池田 軌明(いけだ のりあきら)は、江戸時代中期の備中国鴨方藩の世嗣。通称は多宮。
時代 | 江戸時代中期 |
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生誕 | 不明 |
死没 | 不明 |
改名 | 安之丞(幼名)、軌明 |
別名 | 多宮(通称) |
藩 | 備中鴨方藩世嗣 |
氏族 | 池田氏(軌隆流) |
父母 |
池田軌隆 池田政倚 |
兄弟 | 政晴、輝言、軌明、智子 |
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池田軌隆(岡山藩主・池田綱政の九男)の三男として誕生した。幼名は安之丞。
享保10年(1725年)、廃嫡された兄・輝言に代わって鴨方藩世嗣となり、享保12年(1727年)に徳川吉宗に拝謁する。しかし、兄同様に病のため、元文2年(1737年)に廃嫡された。
代わって、一族の大身旗本家から政方が養子に迎えられた。