盗用
盗用(とうよう、英: Plagiarism)とは、他の研究者のデータ、図、表、文章、研究結果などを引用せずに、あたかも自分が得た(書いた)かのように発表する行為である。研究不正の一種。
本記事では、主として学術界や高等教育界で発表・提出された文書(学術出版、論文、書籍、レポート、申請書など)での「盗用」を扱う。特許権、意匠、著作権など知的財産権は該当記事を参照のこと。
本記事では、「日本」を中心に記述するが、日本は、米国をひな形として盗用の理念・諸規則・体制を構築してきた面もあり、米国の関連状況も記述する。また、参考になる場合は、他国の状況も記述する。
用語
編集この節には独自研究が含まれているおそれがあります。 |
類義語として「盗作」や「剽窃」があり、「盗作」との区別は明確ではない。しかし、ジャーナリズム、文芸作品、芸術などでの類似行為は、一般的に、「盗作」「剽窃」と記述されることが多い。また、学術界、高等教育界での行為は、政府、学術界、高等教育界が「盗用」という用語を使用している。本項目では、「盗用」という用語を使用する。
本記事では、アイディアとアイデアの表記が混在している。引用文中の表記は原典に従い、他はアイデアを使用した。
歴史
編集欧米先進国の盗用の概念は、18世紀のヨーロッパ、とりわけロマン主義の時代に形成された。欧米の学術界では、1980年以前に盗用が指摘されていた。
アメリカ合衆国では、1974から1981年に12件の研究不正が公表され、国民的な関心を呼んだ。そのため1981年、米国議会が学術界の研究不正問題の解決に真剣に取り組みはじめた。1980年代に、米国は、理念・諸規則・体制[何の?]を確立していった。連邦政府、研究助成機関、学会、学術出版、大学が議論を深め、1989年3月、米国連邦政府は政府機関の研究公正局(ORI、Office of Research Integrity)を設置し、1989年8月8日、連邦規則集「42 CFR Part 50, Subpart A.」を発布した。
盗用問題は、2000年頃から、インターネットの普及で文章や語群、図表、コンピュータのソースコードなどを、簡単にコピー・アンド・ペーストできるようになった。そのため、ジャーナリズム、文芸作品、芸術などの領域で盗用が横行しただけでなく、学術界、高等教育界でも盗用が横行し、大きな問題となってきた。[独自研究?]
高等教育界での極端なケースでは、大学生・大学院生向けにレポート代行(contract cheating)業者が出現するようになり、2006年、高等教育界では、学部生・大学院生が提出するレポート・卒業論文・修士論文の盗用・代作が、欧米先進国では大問題となった[独自研究?][1]。盗用検出ソフトにかけることで盗用を容易に検出できるようになり、多数の盗用が見つかったことも、騒ぎを加速した。
日本は、21世紀に入ってからマスメディアが学術界の研究不正問題を大きく取り上げたことから、米国に約25年遅れて、日本政府も対応せざるを得なくなった。[独自研究?]2005年頃、内閣府や文部科学省は、米国をひな形とし、理念・諸規則・体制を模索・検討し始め、2006年8月8日、文部科学省はガイドライン「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」を発表した[2]。高等教育界の盗用問題への対処も米国をひな形としてはいるが、[独自研究?]もっと遅れ、2016年現在、まさに変革中というところである。[独自研究?]
不正行為
編集盗用は、すべての分野において研究公正・研究倫理に違反する学術における不正行為の1つとほとんどの先進国では[どこ?]みなされる。大学教員、研究者でも禁じられている。同時に、高等教育界でも重大な学業不正とみなされる。
学部生、大学院生が大幅な盗用をすれば、米国ではほぼ退学処分になる。日本では、学則で禁止していた大学は少なかったが[独自研究?][いつ?]、最近[いつ?]、急速に学則で禁止するようになり、違反すると「引責」、「停学」、「退学」処分されるようになった。
国が禁止(日本)
編集盗用は、参議院文教科学委員会調査室の平田容章が以下に述べたように、著作権法に違反しなければ、通常、法によって禁じられた犯罪には該当しない。
他人の研究成果やアイデアを盗用して論文を執筆・著作権及び著作者人格権を侵害した場合、著作権法上の差止請求、損害賠償請求、名誉回復等に必要な措置の請求を受け、罰則を科される可能性がある。
・ただし著作権法の保護の対象は「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条)であるため、他の研究者等の研究成果やアイデアに基づく記述が論文にあったとしても、他者の著作物と同一又は実質的に同一の表現である、又は翻案であると認められない限り、著作権及び著作者人格権の侵害にはならない。 — 平田容章、研究活動にかかわる不正行為[3]
法によって禁じられていないので、関係省庁がガイドラインを策定した。2014年8月26日、文部科学省は2014年版ガイドライン「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」で次のように禁じている。
研究活動における不正行為は、研究活動とその成果発表の本質に反するものであるという意味において、科学そのものに対する背信行為であり、また、人々の科学への信頼を揺るがし、科学の発展を妨げるものであることから、研究費の多寡や出所の如何を問わず絶対に許されない。また、不正行為は、研究者の科学者としての存在意義を自ら否定するものであり、自己破壊につながるものでもある。不正行為に対する対応は、研究者の倫理と社会的責任の問題として、その防止と併せ、まずは研究者自らの規律、及び科学コミュニティ、研究機関の自律に基づく自浄作用としてなされなければならない。
— 文部科学省、研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて[4]
研究者の不正行為を「研究者の倫理と社会的責任の問題」「研究者自らの規律」など研究者個人の「道徳」的問題を主眼にしている。
盗用の定義・解説(日本)
編集政府
編集「研究活動にかかわる不正行為について法令上の定義はない」(平田容章[3])。盗用の厳密な定義は法に存在しないので、各機関が独自に「盗用」を定義している。政府機関・大学・研究機関・出版機関のいくつかを示す。
文部科学省
編集文部科学省は2006年8月8日に制定したガイドライン「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」[2]で、「捏造」「改竄」「盗用」の3つを研究倫理に違反する主要な不正行為とした。
このガイドラインは、2014年8月26日に改訂された[4]。
文部科学省は、「捏造」「改竄」「盗用」の3つを、2014年版で「特定不正行為」と命名した。白楽ロックビルは、この3つを、米国の研究公正局の「研究不正」(Research Misconduct)に対応させて、「研究ネカト」と呼ぶことを提唱している[5] 。
また、2014年版では、2006年版の冒頭部分「本ガイドラインの対象とする不正行為は、発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造と改竄、及び盗用である。ただし、故意によるものではないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為には当たらない。」の「故意によるものではないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為には当たらない」という文章がなくなり、「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠った」場合は不正とみなされることになった。
厚生労働省
編集厚生労働省は、ガイドラインを定めた。その前文に次の文章がある[6]。「1 対象となる不正行為
本指針の対象となる研究活動は、厚生労働省が所管する競争的資金並びに国立高度専門医療センターが所管する委託費及び助成金を活用した研究活動であり、本指針の対象となる不正行為は、論文作成及び結果報告におけるデータ、情報、調査結果等の捏造、改竄及び盗用に限られる。なお、根拠が示されて故意によるものではないと明らかにされたものは不正行為には当たらない。」
他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を、当該研究者の了解もしくは適切な表示なく流用すること。
日本学術会議
編集日本学術会議も、ガイドラインを定めた。[7]:
「盗用などの不正行為を為さず、また加担しない」とあるが、「盗用」の定義を記述していない。
学会(日本)
編集日本医学会
編集日本医学会は2014年に研究倫理委員会[8]を発足させた。しかし、利益相反や生命倫理と混用している 。ウェブサイトには「盗用」の定義も学会員向けのガイドラインもない。
日本分子生物学会
編集日本分子生物学会に研究倫理委員会[9]はあるが、ウェブサイトには「盗用」の定義も学会員向けのガイドラインもない。
大学(日本)
編集科学研究行動規範[10]のサイトが充実している。2006年以降の調査報告書・報道発表資料も公開している[11]。
科学研究行動規範リーフレット[12]には盗用行為を具体的に示している。また、英語が併記されている(下記では省略した)。
●研究室の同僚がミーティングで発表したアイデアを自らのアイデアとして公表した。
●論文を作成する際、序論や先行研究の説明は重要ではないと考え、他者の論文からそのまま流用した。
●インターネットで見つけた他人の文章を切り貼りして自分のレポートとして提出した。[12]
[13]:
前文に次の文章がある。
「4 この規程において「研究活動上の不正行為」とは、本学教職員等が研究活動(修学上行われる論文作成を含む。)を行う場合における次の各号に掲げる行為をいう。ただし、故意により行われたものに限る。」
他人のアイディア、研究過程、研究結果、論文又は用語を当該他人の了解を得ず、又は適切な表示をせずに使用すること。
文部科学省の字句とほとんど同じである。
「研究活動に係る不正防止および不正行為への対応に関する規程」を2007年4月6日に制定している[14]。前文「この規程において「研究活動に係る不正行為」とは、本学における次に掲げる行為およびそれらに助力することをいう」があり、次の規程がある。
さらに、「学術研究倫理に係るガイドライン」[15]で、盗用行為を具体的に示している。
(3)研究成果の適切な公表・オーサーシップの基準
1.研究者等は、研究成果の公表に際しては、データや論拠の信頼性の確保に十分留意し、つねに公正かつ適切な引用を行うよう努める。
3.研究者等は、共同研究における成果の公表に際しては、それぞれの研究者等の実質的な貢献度を適切に反映させる[15]。
2.研究者等は、研究成果の公表に際しては、オーサーシップや既発表の関連データの利用基準、著作権等について特に注意を払い、各研究組織や研究分野、学会、学術誌等に固有の慣行やルールを十分尊重する。
研究所(日本)
編集不正行為の防止等に関する規程[16]は前文に次の文章がある。「この規程において「特定不正行為」とは、故意又は研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる、投稿論文等発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造、改竄及び盗用をいう」
盗用 他の者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を当該者の了解又は適切な表示なく使用すること。
学術出版(日本)
編集- 日本生化学会の学術雑誌「The Journal of Biochemistry」(英語):ウェブサイトに「盗用」の定義はない。盗用検出ソフトのCrossCheckで盗用を検出しているとあり、実質上、CrossCheckの定義を適用していることになる[17]。
盗用の定義・解説:まとめ(日本)
編集本来、「盗用の定義」が機関によって異なる理由はない。全部の省庁・大学・研究機関・出版機関を調べた文献はないが、上で見たように、日本での「盗用」の定義は、文部科学省の「研究活動の不正行為への対応のガイドライン」(2006年)が基本で、各機関は、その概念・文言を踏襲している。「盗用の定義」をしていない機関は、文部科学省ガイドラインの定義と同じと想定される。
学部生・大学院生向け(日本)
編集学部生・大学院生向けの盗用の説明は日本では少ない。
上智大学
編集上智大学は珍しく学部生向けに詳しく[独自研究?]書いてある。
カンニングやレポートの盗用など,不正行為は強く戒められる。◆レポートや論文作成の上で守るべき引用の方法について
①レポートや論文で論ずる考え方や発想,図表などが,何らかの文献や資料,Webサイトに負っている場合には,どの文献や資料,Webサイトのどの箇所に負っているかを明らかにしなければなりません。
②文献や資料,Webサイトから直接引用する場合には,それが引用であることを「 」などで明示し,どの文献や資料のどの箇所から引用したかを明らかにしなければなりません。上記①②の処理を怠って,引用であることを示さないまま,あるいはアイデアを負っている文献や資料を示さないまま,内容を引き写したり記述を進めたりすることは盗用や剽窃(ひょうせつ)と見なされます。海外では,「プレジャリズム(plagiarism)」とも称され,文献やWebサイトからの安易な切り貼りとして強く非難されています。
▼(1)書籍やWebサイトからの引用や参照にあたっては,レポートや論文において,注記をつけて,資料の出所を明らかにします。引用の記載方法などは,学問分野ごとに多少の相違があるので,詳細は各教員に聞いていただくとして,以下のような内容を含んでいることが一般的です。
▼(2)必要があり,他人の文章を自分のレポートや論文に直接取り込んで引用する場合は,その部分に「 」をつけ,直接引用した部分と自分が書いている地の文との違いを明瞭にする必要があります。
◇書籍からの引用例 : 著者名『書名』出版社名,刊行年,引用頁
◇学術誌の論文等の引用例 : 著者名「論文名」『所収雑誌名』○巻△号,刊行年,引用頁
◇Webサイトからの引用例 : 作成者名「サイト名や記事名」<URL http://www.○○○.△△△>、閲覧日-20XX年11月1日(または最終更新日-20XX年6月30日)
◇直接引用する箇所の例:“著者の上智太郎はこの点について,「大学の存在というものは3つの観点から・・・・ととらえる必要がある」と述べている(上智太郎, 20XX, p.215)。” — レポートや論文作成の上で守るべき引用の方法について、上智大学履修要覧〔対象:14年次生〕38頁、2114yoran_14nenji_01.pdf 上智大学[18]、2014年4月18日閲覧。
早稲田大学
編集盗用事件(日本)
編集統計
編集「盗用」事例の統計資料はあまり多くない。最初の統計は、お茶の水女子大学の白楽ロックビルが集計した統計で、明治・大正・昭和・平成の136年間(1874〜2009年)に新聞報道された「研究者の事件」である[21]。その中に「盗用」事件がある。
直近10年間(2000~2009年)の「盗用」事件は23件起こっていて、23事件中2件は国外で残りの21件が国内である。国内21件は全部大学で発生し、13件(62%)が国立大学で発生している。国内21件中7件(33%)が自然科学(全部、バイオ)で他の14件(67%)は、人文・社会科学で発生している。人文・社会科学に多発していることが「盗用」事件の特徴である。事件を起こす役職は教授が最多で次いで准教授が多かった。 — 白楽ロックビル、科学研究者の事件と倫理 、講談社、2011年
埼玉学園大学の菊地重秋も同様の統計をとり、「盗用」事件は58件あり、分野は人文・社会科学系が36件と最多である[22]。
しかし、白楽ロックビルの23件、菊地重秋の58件の盗用事件は、文部科学省の定義のどれに相当するかは記述されていない。 また、「盗用」事例(事「件」とならない盗用行為を含む)は、最近、多発しているのか、事「例」は過去の方が多かったが、事「件」として問題視されるのは最近の方が多いことなのか、以下の理由で不明である。
- 文部科学省のガイドラインは2006年策定なので、この時代を前後して「盗用の定義」、つまり盗用の基準が異なる可能性があり、事件数の増減はそれに依存する。菊地重秋のデータ[22]では、研究不正「事件」は2006 年頃から急増している。
- 白楽ロックビルが指摘するように、以前は報道しなかったのに、最近はメディアが好んで報道する傾向があり(報道基準の変化)、事件として騒がれなかっただけで、盗用事例は過去の方が多かった可能性はある。
処分
編集「盗用」は「盗む行為」ではあるが、盗用された人が盗用した人を訴える方式で事件になることはまれである。
通常、被害者や加害者の関係者(同じ研究室の人など)、または被害者や加害者と全く関係がない第三者が、「盗用された人」の了解を得ることもなく、出版機関や盗用した人の所属機関に告発することが発端である。匿名の告発者が多いが、文書(学術出版、論文、書籍、レポート、申請書など)は公表されているので、証拠が提示される。その証拠が正しいかどうか判断することは比較的容易である。
実際の処分はおおむね次のようになっている。後述するように、1〜4は、米国と雲泥の差だったが、[独自研究?][いつ?]大きく変化しつつある。
- レポート
学部生・大学院生が対象。今まで、日本のメディアで問題視されたことはなかったが、[いつ?]、急速に変化してきている。いくつかの大学は処分を学則に入れ始めた。例えば、明治大学大学院は、「けん責」、「停学」、「退学」の懲戒処分をすると記した[23]。 - 卒業論文
学部生が対象。従来、卒業論文での盗用を日本のメディアで問題視されたことはなかった。 - 修士論文
大学院生が対象。従来、修士論文での盗用を日本のメディアで問題視されたことはなかった。しかし、文京学院大学大学院の40代の男性が盗用した修士論文を提出した。2007年、盗用発覚後、税理士資格を失った。この不祥事が大きく報道され、変化し、筑波大学(2011年12月15日)、早稲田大学(2012年2月4日、修士(法学))、慶應義塾大学(2012年10月1日)[24][25]などが修士号を取り消した。 - 博士論文
大学院生が対象。2008年11月、山形大学は、医学専攻の大学院生が博士論文で論文盗用したと公表したが、処分しなかった[26]。2010年、東京大学は、アニリール・セルカンの博士論文が盗用だったと公表し、東京大学創立以来初の博士号取り消し処分を行なった。日本全体でみても盗用で博士号が取消された第一号である。それ以降、幾分問題視されてきたが、網羅的に盗用検出・処分されたことはなかった。しかし、2014年、早稲田大学先進理工学研究科は網羅的調査に乗り出した。日本で最初である[27]。 - 論文・書籍・学会口頭発表
大学教員・研究者・大学院生が対象。学術雑誌に掲載される前なら、掲載されない。掲載された後は、論文の訂正や取り下げになるが、記録は公表され、残る。なお学術論文は、日本の大学・研究機関に在籍する日本人研究者も英語で書き、海外の国際的な学術雑誌に投稿する。ここに書いた処分は、日本国内というより国際基準である。書籍は出荷停止・回収・絶版となる。学会口頭発表は盗用の判定が困難なため、問題視されたことはなく処分例はない。 - 研究費申請
大学教員・研究者が対象。研究費採択前なら不採択。採択後なら、ペナルティとして、研究費返還と該当助成機関への研究費申請制限。例えば、日本学術振興会は、「競争的資金等の返還に加えて、認定された年度の翌年度から最長10年間、競争的資金等への申請が制限される(日本学術振興会)」[28]。
所属機関は所属する大学教員・研究者を懲戒処分することが多い。
文部科学省認定の研究不正事案一覧
編集文部科学省は、2014年8月、捏造、改竄、盗用を特定不正行為と定義し、2015年4月以降に報告を受けた特定不正行為を公開することとした[4]
それを受け、2015年4月以降、特定不正行為とそれ以外の不正な行為(二重投稿や不適切なオーサーシップなど)の事案をウェブサイトに公開し始めた[29]。
米国の研究公正局が1993年から公開し始めた事案(Case Summary)公開[30]を、22年後に取り入れたのである。
公開内容は、米国に比べ、全体的に内容が詳細である。例えば、当該研究機関に不正行為の発生要因及び再発防止策が記載させ、それを公開している。
但し、米国では実名記載だが、「公開する目的に鑑みて、特定不正行為に関与した者等の氏名については、文部科学省ホームページに掲載しないものとする」[31]と、研究不正者の氏名を公表していない。つまり、不正を行った者を特定することはできない。
問題点(日本)
編集白楽ロックビルは日本の問題点を以下のように指摘している。
1.米国が「研究不正」に1981年に対応してから25年も遅れて、日本政府は対応している。こういう鈍感(怠慢)なガバナンスが日本に蔓延している。
2.日本政府は、米国のような「研究公正局」を設置せず、各大学・研究所に事件を対処させている。同時に、上意下達方式で米国のシステムをアリバイ的に導入したため、研究者や学会の研究者倫理に対する意識・対応・行動はとても貧弱である。
3.日本にはいまだに「研究者の事件」の総合的データが蓄積されていない。
4.米国では、2005年、各大学・研究機関に1名以上の研究公正官(Research Integrity Officer: RIO)の設置が義務づけられた。2011年現在の日本は、研究公正官の設置の動きはない。 — 白楽ロックビル、明治~平成(136年間)の研究者・技術者・教授の事件と倫理[32]
白楽ロックビルは、「日本では55歳以上の男性医学部教授が容疑者となる事件が多発している」「対照的に、米国では大学院生・ポスドクに比べ、教授の不正は少ない」と指摘している。菊地重秋の58件の「盗用」事件を起こした人は、名誉教授1人、教授20人、准教授11人に対し学部生・大学院生は12人と少ない[22]。
しかし、日本の国・大学・研究機関は、大学院生の研究者倫理教育を主体にし、研究不正するのは大学院生だと考えているようだ。[独自研究?]例えば、文部科学省は、「大学間連携共同教育推進事業」の1つとして「研究者育成の為の行動規範教育の標準化と教育システムの全国展開(CITI Japan プロジェクト)」を、2012年以降展開している。しかし、対象は以下の通り大学院生のみである。
CITI Japan プロジェクトは、倫理教育について6大学が提携し、e-learningを活用したカリキュラムを通して、大学院生に倫理教育の重要さを広げていくプロジェクトです。 — CITI Japan プロジェクトとは?|CITI Japan プロジェクト[33]
盗用の定義(米国)
編集政府の定義
編集米国研究公正局(ORI、Office of Research Integrity)は、米国の生物医学系の分野の科学における不正行為に対処する米国の政府機関である。対象の3本柱は、ねつ造、改竄、盗用である。他の分野、例えば、数学、コンピュータ科学、社会科学などの科学における不正行為は、米国の別の政府機関であるアメリカ国立科学財団 (National Science Foundation, NSF)が管轄する。
管轄が異なるとはいえ、米国政府の「盗用の定義」は共通している。実質的に、研究不正の理念・諸規則・対処は、米国研究公正局が米国の中心的な役割を果たしてきた。
研究公正局の上部機関のアメリカ公衆衛生局(United States Public Health Service)が、「盗用の定義」をしている。
研究不正を、研究の提案、実行、評価、結果発表における、捏造、改竄、盗用と定義する。盗用は、適切なクレジットをしないで、他人のアイデア、作業過程、結果、語群を横領することである。ただし悪意のない間違及び意見の相違は含まない。 — Federal Register / Vol.70, No.94 / Tuesday, May 17, 2005 / Rules and Regulations、28,386ページ[34]
ミシガン大学名誉教授のゲイル・ダマー(Gail M. Dummer)がミシガン大学のサイト[35] で、大学院生向けに盗用の解説をしている。その解説が上記のアメリカ公衆衛生局の「盗用の定義」を具体的に解説している。
- 「適切なクレジットをする」とは、オリジナルの著者、作者、研究者、学者の名前を論文中に示すこと、他の研究者が原典を探せるための書誌情報を記述すること、その分野の標準規範に従うこと、直接の引用は引用符を使うこと、である。
- 「アイデア」とは、学会発表、非公開の審査などで得た原初のアイデア情報の利用で、出版論文として未公表なアイデアである。
- 「作業過程」とは、他の研究者が書いた方法(特に、その分野の共通知識となっていない方法)を利用することである。
- 「結果」とは、他の研究者の研究結果であるデータ、図、表を流用したレポート・発表である。
- 「語群」とは、4-6個以上の連続した単語群で、その複製、フレーズの編成替え、大幅な言い換えをし、利用する行為である。 — ゲイル・ダマー(Gail M. Dummer)ミシガン大学名誉教授
米国研究公正局[36]の「盗用の定義」は上記を踏まえ次のようである。
アメリカ公衆衛生局(United States Public Health Service)の盗用の定義は、科学界から広い賛同を得ている。「盗用」の定義には一般的に少しあいまいな点があるので、研究公正局の考えを示す。盗用は、「知的財産の盗み・横領」、そして、「他人の研究成果を実質的に出所不明にして複製する」ことである。オーサーシップや研究功績の帰属に関する問題は対象外である。
「他人の研究成果を実質的に出所不明にして複製する」は、他人の文書のセンテンスやパラグラフを一字一句、あるいはほぼ一字一句、出所不明にして流用し、元著者を示さず、本人が記述したかのように通常の読者を誤解させる行為である。研究公正局は、通常使用される実験法や先行研究の中の文章と同じ、あるいはほとんど同じフレーズを限定的に流用する場合は、その流用を問題視しない。そういう流用は、読者に重要な誤解を与えるとは考えないからである。 — 米国研究公正局
「知的財産の盗み・横領」は、研究費申請書の審査や投稿論文原稿の査読など、特権的立場で得たアイディアや分析・解析方法という知的財産の盗み・横領である。
後に、「研究費申請書の審査や投稿論文原稿の査読など、特権的立場で得たアイディアや分析・解析方法」であっても、引用すれば「盗用」ではないと改訂した。
高等教育機関の定義
編集- 全米大学教授協会(American Association of University Professors)
米国では大学院生に対してはもちろんのこと、学部生に対して盗用の具体例を示し、してはいけないことを懇切丁寧に解説している。解説は学部生・大学院生が対象である。 日本の高等教育機関の盗用規定にも、学部生・大学院生向けの解説が少しづつ増加してきたが、ベースとなる文章は、大学教員・研究者向けである。
- スタンフォード大学:「オリジナルなものが、記号体系、式・処方・決まり文句、アイデア、言語、研究、計画、文書、その他の形であれ、盗用は、オリジナルなものを作った著者や原典に適切なクレジットや感謝表明なしにそれらを使用することである。」[38]
- マサチューセッツ工科大学:「盗用は、他人の語群、アイデア、主張、データ、図を感謝表明なしに利用する時に起こる。出版物から、他人の語群、アイデア、フレーズを利用するときは、引用符を使用し、原典を引用しなければならない。言い換えや要約は許容範囲で行ない、原典を引用しなければならない。他人あるいは出版物から、チャート、グラフ、図、数値を利用する時は、原典を引用しなければならない。」[39]
- イェール大学 (学部生向け):[40]と大学院生向けの説明[41]。ブラウン大学[42]。ハーバード大学[43]。インディアナ大学[44] などが数例である。
- 倫理専門家であるアンドリュー・ミナセ(Andrew Minase)が、米国の高校のメディアセンターの「盗作の定義」を翻訳した。少し長いが、米国の盗用に対する考え方がよく書かれているので引用する。大学ではなく、「高校」で盗用を教育している現実は日本の状況を考えると驚いてしまう。
盗作は、単に誰かの著作を「盗む」だけでなく、それをあたかも「自作」としてその功績を主張し、またその著作物を出版、公開、販売により利用して利益、評判、名誉、名声を得る行為です。例えば文章においては、特定の一文、一段落内の文章の構成(語順及び文章の繋がり)、或いはそこに提示されているコンセプトや概念、一連の前提、根拠、結論の内容及び論理の組立が、既版の他の作品の箇所に該当できると判断される場合、そうした文章を自分の名前で作成し、(参照、引用にあたっての原作者からの承諾なしに)発表することは、盗作行為となります。
また、上記行為において、原典の存在をしっていながら、その出典を参考文献、付記、又は口答での引用であっても明示しない場合は、虚偽であることを承知のうえである作品(言葉、表現も含む)を自己のオリジナル作品として発表してしまうことで、名声や利益をその場やそれ以降に得ようとする意図的な行為として、盗作になります。
原作を存在を知りながら、その存在を否定し知らないふりをする行為は、その判断及び意図の下で出版発表行為があった場合、盗作行為と考えられます。原作の著作権の対象としての存在を否認し、それに対抗して自身への著作権の帰属を主張する場合は、どちらが真正を証明できるか、どちらが先発表されたか、といった事実認識に基づいて、原作として認めるかとうかを判断します。 — アンドリュー・ミナセ(Andrew Minase)(著作家、倫理専門家、カウンセラー、コンサルタント)[45]
盗用事件(米国)
編集学部生の盗用
編集米国で1997年に報告された調査では,中規模の4年制公立大学に在学する422人の生徒のうち, この1年の間に「他人の考えや言葉を意図的に自分のものとして使用した」ことがあると答えた生徒は151人(35.6%)であった—CA1567 - 大学における剽窃行為とその対策-英国・JISCPASを中心に- / 浅見文絵 [46]
学部生の処分
編集- 日本の試験でのカンニング相当のペナルティで、一般的に、軽微なら該当科目の単位取得不可で済むが、悪質な場合は、停学、留年、退学処分となる。著名である大学ほどペナルティは厳しくなる傾向がある。例えば、イェール大学の規則は停学処分か退学処分が下されることになっている[40]。剽窃が偶然かどうかは関係ない。学問の世界では、一般的に盗作に対してゼロ・トレランスの方針がある。アメリカの大学では、これは非常に重い犯罪である[47]。
研究者の盗用
編集- 米国研究公正局(ORI、Office of Research Integrity)は、1992-2005年の間、19件を盗用と裁定した[48]。
- アメリカ国立科学財団 (National Science Foundation, NSF)は、「2011年に研究助成した約8,000の申請書を盗用検出ソフトにかけたら、1〜1.5%が盗用に該当した。」と計算している。別の試算では、毎年45,000件受理する申請書のうち1,300件(2.9%)に盗用があると推測した[49]
研究者の処分
編集米国の研究者は、博士課程の大学院生、博士号取得後のポスドクは、研究室の主宰者から期限付きで雇用される。不正をすれば、契約は解除される。
テニュア取得前のテニュアトラックの助教授 (tenure-track assistant professor)、テニュア取得後の准教授・教授も、研究費を申請し、競争的資金を得て研究する。米国の生命科学系の大学教員は、NIHに研究費を申請し、競争的資金を得て研究するケースが大半である。別の分野の大学教員は、別の助成機関に研究費を申請し、競争的資金を得て研究する。自分の給料も自分が獲得した競争的資金で賄う。
盗用やその他の研究不正が発覚した場合、研究費の返還が要求される。また、永久に競争的資金の申請ができないというペナルティが課される[50]。競争的資金が得られなければ、給料を賄えず、大学教員を辞職することになる。この点が日本の大学教員と大きく異なる。 日本では研究費申請ができなくても、大学教員は大学から給料はもらうことができる。そのため、完全に辞職しなければならないという事態には陥らない。同僚からの蔑視やプライドの崩壊に耐えられず、辞職するケースもあるが、そうしないケースも多い[21]。
所属する大学は、不正に研究を行なった教員・研究者を解雇などの処分をする。
その他の国
編集自己盗用
編集自分の文書(学術出版、論文、書籍、レポート、申請書など)やデータ・図表と全く同じもの(あるいは、少し改変、重要な部分だけ)を原典の引用なしに、自分で再使用して発表・文書化したら、盗用だろうか?他人の文書やデータ・図表なら盗用でも、自分のなら盗用とは思えない[誰?]。
なにがどの程度、研究公正・研究倫理違反なのか、不明な部分があるが、原則的には盗用である。英語で「self-plagiarism」と書き、「自己盗用」(自己剽窃)となる。
盗用の学会・会議
編集日本には学会がない。米国にも学会はないが、以下の国際組織を運営している。
盗用検出法
編集主として学術界や高等教育界で発表・提出された文書(学術出版、論文、書籍、レポート、申請書など)を対象に、コンピュータ・ソフトウェアで見つける方法で英語が主体である。米国、ドイツ、オーストラリアで開発された。しかし日本で開発され、世界で広く使用されているソフトウェアはない。
盗用データベース
編集脚注・文献
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全体の参考文献
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