イヌワシ(犬鷲[4]、狗鷲[4]Aquila chrysaetos)は、タカ目タカ科イヌワシ属に分類される鳥類で、の一種。イヌワシ属の模式種

イヌワシ
イヌワシ
イヌワシ Aquila chrysaetos
保全状況評価[1][2]
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 鳥綱 Aves
: タカ目 Accipitriformes
: タカ科 Accipitridae
: イヌワシ属 Aquila
: イヌワシ A. chrysaetos
学名
Aquila chrysaetos
(Linnaeus, 1758)
和名
イヌワシ[3]
英名
Golden eagle
分布域
  繁殖地
  越冬地
  周年生息地
イヌワシの分布図
Aquila chrysaetos

分布

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アフリカ大陸北部、北アメリカ大陸北部、ユーラシア大陸[5][6][3]。詳しくは、ヨーロッパではスコットランドスペインアルプス山脈からバルカン半島スカンジナビア半島まで。アジアでは、ロシア各地、中国日本までの地域と、トルココーカサス山脈からヒマラヤ山脈までや、中東。北アメリカでは、メキシコからアメリカ合衆国西部にかけてとカナダ各地。

冬季に南下することもある[3]。日本では亜種イヌワシ(ニホンイヌワシ[7])が周年生息する(留鳥[5][8][9][10][11]

形態

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全長75 - 95センチメートル[5][3]。翼開張168 - 220センチメートル近くになる[9][10][12]。全身の羽衣は黒褐色や暗褐色[5][3][8][10][12]。後頭の羽衣は光沢のある黄色で[5][3][8][10][12]、英名(golden=金色の)の由来になっている[9]。尾羽基部を被う羽毛(上尾筒、下尾筒)は淡褐色。中雨覆や風切羽基部の色彩は淡褐色。

虹彩は黄褐色や淡橙色[5][10]の基部やそれを覆う肉質(ろう膜)、後肢は黄色で、嘴の先端は黒い[8]

幼鳥は後頭から後頸にかけて淡褐色の縦縞が入る[10]。尾羽の基部や初列風切、外側次列風切基部の色彩が白い[5][8][10]。虹彩は暗褐色[5][10]

分類

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以下の分類はClements Checklist v2015・IOC World Bird List v 5.1に共通する亜種の分類で、記載年はIOC World Bird List v 5.1、分布はClements Checklist v2015に従う[13][14]

Aquila chrysaetos chrysaetos (Linnaeus, 1758)
シベリアアルタイ山脈
Aquila chrysaetos canadensis (Linnaeus, 1758)
アラスカからメキシコ北西部にかけて
Aquila chrysaetos daphanea Severtzov, 1888
ヒマラヤ山脈中華人民共和国トルキスタン
Aquila chrysaetos himeyeri Severtzov, 1888
イベリア半島、アフリカ大陸北西部からイランにかけて
Aquila chrysaetos japonica Severtzov, 1888 イヌワシ
大韓民国朝鮮民主主義人民共和国、日本(北海道本州四国九州[12]
Aquila chrysaetos kamtschatica Severtzov, 1888
シベリア・アルタイ山脈からカムチャッカ半島にかけて

生態

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開けた森林草原などに生息する[3]

 
幼鳥

食性は動物食で、哺乳類、鳥類、爬虫類、動物の死骸などを食べる[6][3][10][11]。日本ではノウサギヤマドリヘビ類が主で、とりわけノウサギが最も重要な餌であり、森林の開けた場所で餌を捕食することが多い[15]。上空から獲物を発見すると、翼をすぼめ急降下して捕らえる[6][8]。通常は単独で獲物を捕らえるが、1羽が獲物の注意を引きつけもう1羽が獲物の後方から襲い掛かることもある[9]。珍しいケースでは小ジカを襲う[16]

繁殖形態は卵生。断崖大木の樹上に木の枝や枯草などを組み合わせた巣を作る[6][3][8][11]。営巣場所が限られるため毎年同じ巣を使うことが多い[6][3][9]。日本では2-3月に1回に1-2個の卵を産む[6][3]。主にメスが抱卵を行い、抱卵日数は43-47日[3]。育雛も主にメスが行い、育雛期間は70-94日で通常は1羽のみ育つ[12]。雛は孵化してから65-80日で飛翔できるようになり、3か月で独立する[3]。生後3-4年で性成熟[3]、生後5年で成鳥羽に生え換わる[9]

 
飛翔する成鳥

人間との関係

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ヒツジの幼獣を捕食する害鳥とみなされることもある[3]

和名のイヌは「劣っている、下級の」の意で、ワシ類やクマタカなどにくらべ本種の尾羽が矢羽としての価値が低かったことに由来する[4]。漢字表記の「狗」は本種が天狗を連想させることに由来する[4]

日本における現在の生息数は400~500羽と推定されているが、生息地である山岳部の森林伐採よる生息環境の減少やダム建設や林道工事による攪乱が起きており、年々個体数が減少しつつあると考えられている[17]。 かつての害鳥としての駆除[3]、人間による繁殖の妨害なども減少の要因で、農薬による汚染も懸念されている[12]

日本のイヌワシは、1990年代から繁殖成功率が低下している[18]。イヌワシの採餌においては開けた草地が視界と飛行に適しており、森林で覆われると子育てのための餌の量が不足する。かつて伐採、放牧、そして採草のための火入れで維持されていた開けた場所が、林業・畜産の衰退で森林に変わったことがその原因ではないかと考えられている[19]

21世紀に入って、日本の各地で間伐などによるイヌワシの餌場作りが試行されている[20][21]。また繁殖中にツキノワグマなどの外敵による卵や雛の捕食、巣の崩壊、落石・落雪による繁殖の失敗が多いことも知られており、人為的な巣の改良による保全対策の試みも見られる[22]

イヌワシはつがい縄張りを持ち、片方が死ぬと縄張りの外から来た異性とつがいになるが、浅間山麓では植林されたカラマツの成長などでイヌワシにとって狩りの環境が悪化し、最後のつがいのうち雌が2020年頃から確認できなくなった[23]。このため環境省などが森林を一部伐採するなどして、イヌワシが狩りをしやすくし、メスが自然に飛来しない場合は飼育個体の野生復帰も検討するとしている[23]

日本では1965年(昭和40年)にとして国の天然記念物に、1976年(昭和51年)に岩手県岩泉町北上町が「イヌワシ繁殖地」として国の天然記念物に指定されている[6]1993年(平成5年)に種の保存法施行に伴い国内希少野生動植物種に指定[24]、また動物愛護管理法特定動物に指定されている[24]

画像

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脚注

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  1. ^ Appendices I, II and III<http://www.cites.org/>(accessed December 17, 2015)
  2. ^ BirdLife International. 2015. Aquila chrysaetos. The IUCN Red List of Threatened Species 2015: e.T22696060A80364370. doi:10.2305/IUCN.UK.2015-4.RLTS.T22696060A80364370.en. Downloaded on 17 December 2015.
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 黒田長久監修 C.M.ペリンズ、A.L.A.ミドルトン編「"竹下信雄「イヌワシ」"」『動物大百科 7 鳥類1(ダチョウ・ペンギン・カモ・ワシほか)』平凡社、1986年、118,130,183頁。ISBN 9784582545074https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I107292816-00 
  4. ^ a b c d 安部直哉『山溪名前図鑑 野鳥の名前』(山と溪谷社、2008年)48頁
  5. ^ a b c d e f g h 五百沢日丸『日本の鳥550 山野の鳥 増補改訂版』(文一総合出版、2004年)42頁
  6. ^ a b c d e f g 加藤陸奥雄、沼田眞、渡辺景隆、畑正憲監修『日本の天然記念物』(講談社、1995年)650-652、732頁
  7. ^ watanabe (2017年3月28日). ““大空と森の王者”イヌワシって、どんな鳥?”. 日本自然保護協会オフィシャルサイト. 日本自然保護協会. 2024年9月5日閲覧。 “現在のところ、世界では6亜種が認められていますが、その内、最も小型で地理的に極めて局地的に分布し、個体数が少ないのが日本に生息する亜種ニホンイヌワシ(A.c.japonica)です。”
  8. ^ a b c d e f g 高野伸二『フィールドガイド 日本の野鳥 増補改訂版』(日本野鳥の会、2007年)168-169頁
  9. ^ a b c d e f 中村登流監修 『原色ワイド図鑑4 鳥』(学習研究社、1984年)109、174頁
  10. ^ a b c d e f g h i 真木広造、大西敏一『日本の野鳥590』、平凡社、2000年)164-165頁
  11. ^ a b c 『小学館の図鑑NEO 鳥』(小学館、2002年)41頁
  12. ^ a b c d e f 金井裕「イヌワシ 」『改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物 -レッドデータブック-2 鳥類』環境庁編、財団法人自然環境研究センター、2002年
  13. ^ Clements, J.F.; et al. "Clements checklist of birds of the world: v2015 (Excel spreadsheet). (Retrieved 17 December 2015).
  14. ^ New World vultures, Secretarybird, kites, hawks & eagles, Gill F & D Donsker (Eds). 2015. IOC World Bird List (v 5.1). doi:10.14344/IOC.ML.5.1 (Retrieved 17 December 2015)
  15. ^ 由井正敏ほか(2001), p. 4-5.
  16. ^ ※記事名不明※『中日新聞』朝刊2017年6月23日
  17. ^ RL/RDB:環境省 イヌワシ Aquila chrysaetos japonica”. 環境省自然環境局 生物多様性センター. 2022年6月8日閲覧。
  18. ^ 生息・繁殖状況調査報告 日本イヌワシ研究会(2023年6月閲覧)
  19. ^ 岡惠介「北上山地の景観と環境:山里の暮らしが作った景観」『東北学. [第2期]』第20号、東北芸術工科大学東北文化研究センター、2009年、52-54頁、ISBN 9784760135844CRID 1520009410079907712 
  20. ^ 前田琢「森林の帯状間伐によるイヌワシの採餌場所整備効果の検討:施業後1年目の結果から」(PDF)『岩手県環境保健研究センター年報』第3号、岩手県環境保健研究センター、2003年、69-72頁、ISSN 13481886NAID 40006624447CRID 1522543655985328896 
  21. ^ 石間妙子, 望月翔太, 関島恒夫「イヌワシの餌場再生を目指した森林管理計画の立案」『日本森林学会大会発表データベース』第122巻、日本森林学会、2011年、177-177頁、doi:10.11519/jfsc.122.0.177.0NAID 130004618488CRID 1390001205706635648 
  22. ^ OGDEN Rob、福田智一、布野隆之、小松守、前田琢、MEREDITH Anna、三浦匡哉、夏川遼生 ほか「ニホンイヌワシの保全科学:現状と将来展望について」『日本野生動物医学会誌』第25巻第1号、日本野生動物医学会、2020年3月、9-28頁、doi:10.5686/jjzwm.25.9ISSN 1342-6133CRID 1390848250115702016 
  23. ^ a b イヌワシの森 つがい再生を:雄1羽の浅間山 森林整備で挑む/環境省などプロジェクト」『東京新聞』夕刊2022年11月5日1面(2022年12月31日閲覧)
  24. ^ a b 特定動物リスト国内希少野生動植物種一覧 環境省(2022年11月12日閲覧)
  25. ^ 都道府県の鳥について日本鳥類保護連盟
  26. ^ 相馬拓也『鷲使い (イーグルハンター) の民族誌 : モンゴル西部カザフ騎馬鷹狩文化の民族鳥類学』ナカニシヤ出版、2018年。ISBN 9784779512568全国書誌番号:23082764https://id.ndl.go.jp/bib/028851246 
  27. ^ Soma, Takuya. 2012. ‘The Art of Horse-Riding Falconry by Altai-Kazakh Falconers’. In HERITAGE 2012 (vol.2) - Proceedings of the 3rd International Conference on Heritage and Sustainable Development, edited by Rogério Amoêda, Sérgio Lira, & Cristina Pinheiro, 1499-1506. Porto (Portugal): Green Line Institute for Sustainable Development <E-Book ISBN 978-989-95671-8-4>.
  28. ^ Soma, Takuya. 2012. ‘Contemporary Falconry in Altai-Kazakh in Western Mongolia’, The International Journal of Intangible Heritage (vol.7), pp. 103–111 [1][リンク切れ]
  29. ^ 相馬拓也「アルタイ=カザフ鷹匠たちの狩猟誌 モンゴル西部サグサイ村における騎馬鷹狩猟の実践と技法の現在」『ヒトと動物の関係学会誌』第35号、ヒトと動物の関係学会、2013年7月、38-47頁、ISSN 13418874NAID 40019744255CRID 1520853832934670208 
  30. ^ Soma, Takuya (2013). “Ethnographic study of Altaic Kazakh falconers” (PDF). Falco: The newsletter of the Middle East Falcon Research Group 41: 10-14. https://researchmap.jp/takuyasoma/published_papers/14716491/attachment_file.pdf. ]
  31. ^ Discover Bayan-Olgii:Promoting tourism in the spectacular Altai Mountains of Mongolia, home of the Kazakh Eagle(2022年11月12日閲覧)

参考文献

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関連項目

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