イワシ

ニシン目の複数種の小魚の総称

イワシ(鰯・鰛・鰮)は、狭義には魚類ニシン目ニシン亜目の複数種の小魚の総称である[1]

イワシ
イワシの群れ
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 条鰭綱 Actinopterygii
: ニシン目 Clupeiformes
亜目 : ニシン亜目 Clupeoidei
階級なし : イワシ(人為分類)
英名
sardine, round herring, anchovy

概要

編集

日本でイワシといえば、ニシン科のマイワシウルメイワシ、カタクチイワシ科のカタクチイワシ計3種を指し、世界的な話題ではこれらの近縁種を指す。ただし、他にも名前に「イワシ」とついた魚は数多い(後述)。日本の古い女房言葉では「むらさき」とも呼ばれる[2]

日本を含む世界各地で漁獲され、食用や飼料肥料などに利用される。

分類

編集

日本のイワシ

編集

日本の漁獲について言う場合は、この3種を狭義の「イワシ」として扱う[3]

世界のイワシ

編集

しばしば、マイワシ、ウルメイワシ、カタクチイワシの近縁種がイワシに含められる[3]。マイワシ属、ウルメイワシ属、カタクチイワシ属および、マイワシ属と合わせてマイワシ類とされるサルディナ属を加えた4属の種を以下に挙げる。これらは商品として流通する場合においては「マイワシ」「ウルメイワシ」「カタクチイワシ」として扱われることが多い。

種の分け方には諸説ある(たとえばマイワシ属に1–2種しか認めないなど)が、ITISによった。

英語での分類

編集

マイワシ類、カタクチイワシ類は世界的に重要な魚である(ウルメイワシ類の重要性はやや下がる)が、これらを総称する言葉は日本語以外ではあまり見られない。

英語では、マイワシ類はニシン亜科の数属の小魚と合わせてサーディン sardine と呼ぶ。サーディンは通常「イワシ」と訳されるが、ママカリなども含む。

カタクチイワシ類は、カタクチイワシ科全体をアンチョビ anchovy と呼ぶ。アンチョビは通常「カタクチイワシ」と訳されるが、エツなども含む。

ウルメイワシはラウンドヘリング round herring と呼ぶ。なお、単なるヘリングherringニシン属のことである。

特徴

編集

海水魚で、沿岸性の回遊魚である。遊泳能力が高く、群れで行動する。全長は成魚で10cm–30cmほどである。

プランクトン食で、微小な歯がある。体は細長く、断面は円筒形ないしやや側扁(縦長)。背が青く、腹が白い。赤身青魚である。が剥がれやすい。

名称

編集

陸に揚げるとすぐに弱って腐りやすい魚であることから「よわし」から変化した言われる(漢字の「鰯」もこれに由来する)。藤原京平城京出土の木簡には「伊委之」「伊和志」の文字があり、「鰯」(日本で作られた国字)の最も古い使用例は、長屋王(684年?〜729年)邸宅跡から出土した木簡である[4]

イワシを意味する漢字の「鰯」は日本で作られた国字であるが、中国で使用されることもある。中国語でイワシは主に「鰮魚」もしくは英語sardine を音訳した「沙丁魚」「撒丁魚」などと表記される。その他、ロシア語のイヴァーシ (иваси) も日本語からの借用である。

利用

編集
イワシ(Atlantic, canned in oil, drained solids with bone)
100 gあたりの栄養価
エネルギー 208 kcal (870 kJ)
0 g
糖類 0 g
食物繊維 0 g
11.45 g
飽和脂肪酸 1.528 g
一価不飽和 3.869 g
多価不飽和 5.148 g
24.62 g
ビタミン
チアミン (B1)
(7%)
0.08 mg
リボフラビン (B2)
(19%)
0.227 mg
ナイアシン (B3)
(35%)
5.245 mg
ビタミンB6
(13%)
0.167 mg
ビタミンB12
(373%)
8.94 µg
ビタミンC
(0%)
0 mg
ビタミンD
(32%)
193 IU
ビタミンE
(14%)
2.04 mg
ビタミンK
(2%)
2.6 µg
ミネラル
ナトリウム
(20%)
307 mg
カリウム
(8%)
397 mg
カルシウム
(38%)
382 mg
マグネシウム
(11%)
39 mg
リン
(70%)
490 mg
鉄分
(22%)
2.92 mg
亜鉛
(14%)
1.31 mg
(9%)
0.186 mg
他の成分
水分 59.61 g
コレステロール 142 mg
%はアメリカ合衆国における
成人栄養摂取目標 (RDIの割合。
出典: USDA栄養データベース(英語)

食用

編集

イワシは、に隣接する領域を持つほとんどの文化において食用にされ、主要な蛋白源の一つである。日本では刺身にぎり寿司塩焼きフライ天ぷら酢の物、煮付けなどにして食用とする[注 1]。稚魚や幼魚はちりめんじゃこ(しらす干し)、釜あげ(釜あげしらす)や煮干しの材料になる。欧米でも塩焼き酢漬け、油漬(オイル・サーディン)、缶詰アンチョビ)などで食用にされる。水揚げ後は傷みやすいので、干物各種・缶詰つみれなどの加工品として流通することが多く、さしみ、寿司など生食される日本の食べ方は驚かれる。鮮度がよければ美味で、「七度洗えばタイの味」といわれる。

日本近海のマイワシは産卵前に栄養を蓄え脂がのっている6~7月がで、この時期の梅雨にちなんで「入梅イワシ」と呼ばれる[5]

栄養面では、DHAEPAなどの不飽和脂肪酸を豊富に含む。CoQ10も含まれる。その一方でプリン体も多量に含むため、高尿酸血症痛風)の患者やその傾向にある者は摂取を控えるように言われることもある。

食用以外

編集

食用以外にも魚油の採取、養殖魚や家畜飼料肥料などの用途がある。

鮮魚として消費地に届けるための冷凍・冷蔵・缶詰技術がなかったかつては、灯火用の魚油や肥料用の干鰯が主用途であり、「食スルハ千分ノ一ナリ」(『言海』)といわれた。かつて九十九里浜千葉県)の鰯漁況が全国の米の作柄を左右するともいわれたが、明治以後は、北海道鰊粕にその座を譲った。2022年現在でもイワシは肥料用魚粉の原料として使用される。またイワシの「魚粕」も、少量ながら生産されている。

漁業

編集

魚種交替

編集

イワシは漁獲量が比較的多く、日本では伝統的に大衆魚に位置付けられる。しかしイワシの仲間は長期的に資源量の増減を繰り返し、マイワシは1988年をピークに漁獲が減少し、値段が高騰した[6]。一方でアメリカ合衆国西海岸では漁獲高が上がり、またカタクチイワシの漁獲高も増えている。

イワシの漁獲量(単位1000トン)[7]
年次 マイワシ ウルメイワシ カタクチイワシ
1955 211 66 392
1965 9 29 406
1975 526 44 245
1985 3866 30 206
1995 661 48 252
2005 28 35 349

このようなイワシ資源変動の原因については諸説あるが、基本的には長期的に資源量の変化があるものであり、乱獲やクジラなどの海洋生物の捕食による可能性は低く[注 2]、長期的な気候変動とそれに伴うプランクトンの増減によるという説が今日では大勢となっている。

日本の主な陸揚げ漁港

編集

2002年度

世界の漁獲量

編集

国際連合食糧農業機関(FAO)調べ、2005年[8]

順位 分類 和名 英名 学名 千トン
1 カタクチイワシ類 ペルーアンチョビ anchoveta Engraulis ringens 10215
8 カタクチイワシ類 カタクチイワシ Japanese anchovy Engraulis japonicus 1639
11 マイワシ類 ニシイワシ European pilchard Sardina pilchardus 1069
17 マイワシ類 カリフォルニアマイワシ South American pilchard Sardinops sagax 635
28 カタクチイワシ類 モトカタクチイワシ European anchovy Engraulis encrasicolus 381
46 カタクチイワシ類 ミナミアフリカカタクチイワシ southern African anchovy Engraulis capensis 286
48 マイワシ類 ミナミアフリカマイワシ southern African pilchard Sardinops ocellatus 274
57 マイワシ類 マイワシ Japanese pilchard Sardinops melanostictus 213

世界的にはカタクチイワシ類の漁獲が非常に多く、日本産の種でもカタクチイワシが最も多い。

ウルメイワシ類は15万トン以下(71位より下)で、種別の統計に表れていない。なお、ミナミアフリカカタクチイワシはモトカタクチイワシと同種とされることが多い。

広義のイワシ

編集

和名に「イワシ」と付く魚はマイワシ、ウルメイワシ、カタクチイワシ以外にも多い。さまざまな小魚の海水魚に名づけられており、生態や特徴などには共通点は薄い。日本以外の言語圏ではイワシの仲間とはみなされていない。

トウゴロウイワシやカライワシなどはイワシに似た沿岸魚だが、オキイワシは外洋を遊泳する大型魚、イトヒキイワシやハダカイワシ、セキトリイワシなどは深海魚である。

なお、以下で「全種」とあるのは、一般的な和名がついている種のほぼ全て、ということである。

文化

編集
 
フランシスコ・デ・ゴヤ作『鰯の埋葬』1812-19年頃
  • は、七輪で鰯を焼く煙と臭気を恐れるといい、西日本には節分に鰯の焼き魚を食べる「節分いわし」の風習がある。焼いたイワシの頭はヒイラギ(柊)の枝とともに「柊鰯」の飾り物にして、門口に掲げておく。また、「鰯の頭も信心から」(つまらないものでも、信仰の対象となれば有り難いと思われるようになるというのたとえ。)ということわざがあり、これはかるたの一枚となっている。
  • スペイン謝肉祭では、灰の水曜日に「鰯の埋葬(Entierro de la sardina)」と呼ばれる行事が行われる[9]。いわれに関しては諸説あり、マドリードではもともと豚の肉(サルディーナ)をカーニバル男に見立てて葬っていたが、名前にひかれて鰯(サルディーナ)を穴に埋めるようになった。現在、首都マドリードでは鰯の埋葬は廃れた行事となっているが、ムルシアなどスペイン各所で様々な形で存続している。
  • 「赤鰯」は、本来は塩漬けやぬか漬けにしたものを干した赤茶けた鰯のことだが、手入れが悪く、赤く錆びた日本刀を嘲って赤鰯と呼ぶ。

脚注

編集

注釈

編集
  1. ^ 北陸では「こんかいわし」(「小糠/粉糠鰯」)という、頭と内臓を取り除いたイワシを塩漬けにして、米糠と塩、赤唐辛子で1年以上漬け込んだ保存食がある。
  2. ^ 一部に1988年の捕鯨停止による鯨類の増加を減少要因とする意見もあるが、捕鯨禁止以前の時期にも漁獲量が少ない時期があり、捕鯨とイワシの漁獲量の相関関係を見出す事はできない[要出典]。他の繁殖力が高い動物(レミングサバクトビバッタ他)にも大繁殖と減少を繰り返す習性がある。

出典

編集
  1. ^ 『改訂新版 世界文化生物大図鑑 魚類』世界文化社、2004年。 
  2. ^ 鰯(いわし)”. 株式会社 横手水産. 2024年10月11日閲覧。 “源氏物語の作者紫式部がある時いわしを食べたところ非常においしく、もう一度食べたいと思っていました。ところがいわしは卑しい(いやしい)に通じると平安貴族からは嫌われていたので、夫の藤原宣孝が留守の時こっそり焼いて食べました。しかし夫宣孝がほどなく帰ってきてしまい、部屋にこもっている臭いでたちまち露見してしまいました。「こんな卑しい魚を食べるとは・・・」と叱る夫に、式部は和歌でこう返しました。「日の本に はやらせ給う いわしみず 参らぬ人は あらじとぞおもふ」 <日本で流行っている岩清水八幡宮にお参りしない人はいないように、こんなおいしい いわしを食べない人はいませんよ>これ以降、宮廷の女房言葉で鰯のことを「むらさき」と呼ぶようになった、とか。”
  3. ^ a b 浅見忠彦. “イワシ とは”. 日本大百科全書(ニッポニカ)/コトバンク. 2019年5月19日閲覧。
  4. ^ マイワシのあれこれ”. 神奈川県水産総合研究所. 2009年6月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月2日閲覧。
  5. ^ 東京・神田「いわし料理すゞ太郎」脂のり甘み広がる入梅イワシ産経新聞』朝刊2022年6月26日(生活面)2022年7月3日閲覧
  6. ^ MONO TRENDY「イワシは大衆魚か高級魚か 日本近海の水温が左右」”. 日経電子版. 2013年6月25日閲覧。
  7. ^ 理科年表平成20年(2008年)版[要ページ番号]
  8. ^ [1][リンク切れ]
  9. ^ 黒田悦子『スペインの民俗文化』(<平凡社選書> 平凡社 1992年 第2刷、ISBN 4582841406)pp.213-215,265.

参考文献

編集
  • 浅見忠彦「イワシ類の卵巣卵に關する研究」『日本水産学会誌』第19巻第4号、日本水産学会、1953年、398-404頁、doi:10.2331/suisan.19.398 
  • 大方洋二 ほか『日本の海水魚』岡村収 監修(3版)、山と渓谷社〈山渓カラー名鑑〉、1997年7月1日。ISBN 4-635-09027-2 
  • 『魚』檜山義夫 監修(改訂版)、旺文社〈野外観察図鑑 4〉、1998年3月。ISBN 4-01-072424-2 

関連項目

編集

外部リンク

編集
  NODES