揖斐町

日本の岐阜県揖斐郡にあった村

揖斐町(いびちょう)は、かつて岐阜県揖斐郡にあったである。

いびちょう
揖斐町
廃止日 1955年4月1日
廃止理由 新設合併
揖斐町大和村北方村清水村小島村揖斐川町
現在の自治体 揖斐川町
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 岐阜県
揖斐郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 6.08 km2.
総人口 5,416
(1955年3月31日)
隣接自治体 揖斐郡大和村清水村小島村大野町谷汲村養基村
揖斐町役場
所在地 岐阜県揖斐郡揖斐町大字三輪1300-1
座標 北緯35度29分12秒 東経136度35分01秒 / 北緯35.48661度 東経136.58364度 / 35.48661; 136.58364座標: 北緯35度29分12秒 東経136度35分01秒 / 北緯35.48661度 東経136.58364度 / 35.48661; 136.58364
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現在の揖斐川町の中心地に該当し、揖斐郡の中心の町でもあった。

歴史

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  • 1600年慶長5年) - 西尾光教揖斐城城主となり、揖斐藩3万石をおこす。この地域は揖斐藩領となる。
  • 1623年元和9年) - 揖斐藩は取り潰され、天領となる。
  • 1631年寛永8年) - 旗本岡田善同(岡田将監)5,300石の領地となり、揖斐陣屋が築かれる。
  • 江戸時代末期、この地域は美濃国大野郡であり、揖斐陣屋領(三輪村・大光寺村・小野村・小谷村・志津山村・野村)、尾張藩領(上岡島村・下岡島村)であった。
  • 1874年明治7年) - 野村が上野村に改称する。
  • 1889年(明治22年)7月1日 - 三輪村、大光寺村、小野村、小谷村、志津山村、上野村、上岡島村、下岡島村が合併し町制施行。揖斐町になる。
  • 1897年(明治30年)4月1日[1] - 大野郡の一部と池田郡が合併して揖斐郡となる。揖斐町は揖斐郡に属する。
  • 1955年昭和30年)4月1日 - 揖斐町、大和村、北方村、清水村、小島村が合併し、揖斐川町となる。

交通機関

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近畿日本鉄道養老線揖斐駅は、当時、養基村脛永(現・揖斐川町脛永)の駅であり、揖斐町の駅ではない

教育

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観光など

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脚注

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  1. ^ 揖斐郡志』、揖斐郡教育会、1924年12月、292-295頁

関連項目

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