自己肯定感

自分の在り方を自ら積極的に肯定できる感情

自己肯定感(じここうていかん)とは、自らの在り方を積極的に評価できる感情、自らの価値や存在意義を肯定できる感情などを意味する言葉である。しかし、後述のように定まった定義はなく、他の類似概念との弁別も充分とは言えない。

定義

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自己肯定感という言葉は、研究者などによって数多くの定義が提唱されてきた。

各研究者による自己肯定感の定義[1]
研究者 定義
高垣忠一郎[2] 「他人と共にありながら自分は自分であって大丈夫だ」という、他者に対する信頼と自分に対する信頼
樋口善之・松浦賢長[3] 現在の自分を自分であると認める感覚。

(下位概念:諦観・帰属・独立の3つの概念により構成されると仮定)

※諦観ー受容/帰属ー所属意識/独立ー自立

樋口善之・松浦賢長[3] 現在の自分を自分であると認める感覚。

(下位概念:自律・自信・信頼・過去)

田中道弘[4][5][6] 自己に対して肯定的で、好ましく思うような態度や感情。

自己に対して前向きで、好ましく思うような態度や感情

多田怜子・蛎崎奈津子・石井トク[7] 「自分自身のことが好き(自己受容)」、「自分自身を大切にしている(自己尊重)」、「生まれてきてよかった(自分の命に対する受容)」を合わせたもの。
久芳美惠子・齊藤真沙美・小林正幸 [8] 自分自身のあり方を概して肯定する気持ち。

(理想自己と現実自己のずれをうまく調節しながら、ありのままの自己を受け入れるという自己受容性とは区別する)

東京都教育委員会[9] 自己に対する評価を行う際に、自分のよさを肯定的に認める感情。
明橋大二[10] 自己肯定感とは「自分は大切な人間だ」、「自分は生きている価値がある」、「自分は必要な人間だ」という気持ち。
諸富祥彦[11] 自己肯定感と他概念との関連性について図式化。
東京都教職員研修センター[12] 心理学用語のself-esteem(セルフエスティーム)を訳した言葉。
江角周子・庄司一子[13] 自己の価値基準を基にした、よいもダメも含め自分は自分であって大丈夫という感覚。
菅原隆志[14] 自己(自分自身)を肯定的に解釈して生まれる肯定的な感情のことで、積極的に肯定して生まれる感情。
三浦修平[15] 被受容感と自尊感情からなる。

自己肯定感については心理学の領域で継続的に高い注目を浴びている概念であるが、その定義や類似の他概念との弁別性などについて、検討の必要性が残っている[1]

自尊心英語: self-esteem)、自己存在感、自己効力感英語: self-efficacy)、自尊感情などと類似概念であり同じ様な意味で用いられる場合がある[16][17][1][6]。現在、これらの言葉は多義的に用いられることが少なくなく、結果としてあらゆる肯定的な心理的要素を表現する包括的名称(umbrella term)となっているという指摘がある[18]

自己肯定感の訳語としては、self-positivity、self-affirmationなどを当てはめる試みがなされてきた[6]。ただし、社会心理学者のスティールが提唱した自己肯定化理論英語版において定義されたself-affirmationは、「自己の全体的一般的な完全さ(適応的、道徳的適切さ)を確認、肯定すること」[19]であり、自己肯定感とは異なる概念であることから、注意が必要である。

歴史

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「自己肯定感」という言葉は1994年高垣忠一郎によって提唱された[20]。高垣は自身の子どもを対象にしたカウンセリングの体験から、当時、没個性化(不登校・無気力・自殺などの根底にある、自己・個・人格・生きる意欲の喪失化)が生じていた子どもの状態を説明する用語として「自己肯定感」を用いている[20]

その後、日本の子どもの自己評価がアメリカ合衆国中華人民共和国大韓民国の子どもの自己評価に比べて有意に低いことが日本青少年研究所の調査報告などで指摘されるようになり、日本の教育現場において「自己肯定感」が注目されるようになった[20]。なお日本人の自己肯定感は子どもにとどまらず、若者をはじめ成人でも低いことが明らかになっている[21]。また、1990年以降の文化心理学の影響により、日本の文化的背景に即した概念を模索し、検討する試みがなされるようになり、その結果として自己肯定感という用語が使用されるようになった[6]

自己肯定感が提唱されてから年月が経ち人々に広まり多様な解釈がなされるようになった。「自己効力感」「自己有用感」「自己効用感」などが「自己肯定感」として語られる事があるが、このような語られ方をするだけでは不十分だと考える、と高垣は述べている[22]

教育再生実行会議による第十次提言では、「自己肯定感を高め、自らの手で未来を切り拓く子供を育む教育の実現に向けた、学校、家庭、地域の教育力の向上」が掲げられている[23]

自己肯定感に関する批判

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上記の通り、自己肯定感と自尊心は同じ様な意味合いで用いられることがあるため[16][1][6]、自己肯定感を論じる際には自尊心に関する批判や批判的研究が用いられることがある[18]

詳しい批判は自尊心 § 自尊心に関する批判を参照。

出典

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  1. ^ a b c d 吉森丹衣子「大学生の自己肯定感における対人関係の影響 : コミュニケーションを重視して」『国際経営・文化研究』第21巻第1号、国際コミュニケーション学会、2016年、179-188頁、ISSN 1343-1412NAID 120006406255 
  2. ^ 大事な忘れもの―登校拒否のはなし. 高垣忠一郎. 京都: 地方・小出版流通センター. (1994). pp. 50. ISBN 4938554852. https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A7%E4%BA%8B%E3%81%AA%E5%BF%98%E3%82%8C%E3%82%82%E3%81%AE%E2%80%95%E7%99%BB%E6%A0%A1%E6%8B%92%E5%90%A6%E3%81%AE%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%97-Space-books-%E9%AB%98%E5%9E%A3-%E5%BF%A0%E4%B8%80%E9%83%8E/dp/4938554852 
  3. ^ a b 樋口, 善之; 松浦, 賢長 (2002-12). “自己肯定感の構成概念および自己肯定感尺度の作成に関する研究”. 母性衛生 = Maternal health 43 (4): 500–504. https://cir.nii.ac.jp/crid/1520009408987202688. ( 要購読契約)
  4. ^ 田中, 道弘「自己肯定感尺度の作成と項目の検討」『人間科学論究』第13巻、2005年3月、15–27頁。 
  5. ^ 田中道弘『Rosenbergの自尊心尺度をめぐる問題と自己肯定感尺度の作成と項目の検討』 常磐大学〈博士 (人間科学) 甲第10号〉、2008年、235頁。CRID 1110001310201342592https://dl.ndl.go.jp/pid/10630773 
  6. ^ a b c d e 田中道弘「日本人青年の自己肯定感の低さと自己肯定感を高める教育の問題:ポジティブ思考・ネガティブ思考の類型から」『自己心理学』第7巻、2017年、11-22頁。 
  7. ^ 多田, 玲子、蛎崎, 奈津子、石井, トク「親との関係と自尊感情,自己肯定感との関連」『日本看護学会論文集 母性看護』第38巻、2007年、53–55頁。 ( 要購読契約)
  8. ^ 久芳, 美惠子、齊藤, 真沙美、小林, 正幸「小、中、高校生の自己肯定感に関する研究」『東京女子体育大学東京女子体育短期大学紀要』第42号、2007年、51–60頁、NAID 110007026641 
  9. ^ 自尊感情や自己肯定感に関する研究”. web.archive.org. 東京都教育委員会 (2009年). 2019年8月7日閲覧。
  10. ^ 子育てハッピーアドバイス 大好き!が伝わる ほめ方・叱り方』明橋大二,太田知子、1万年堂出版、東京、2010年6月22日。ISBN 9784925253420OCLC 1001862380https://www.worldcat.org/oclc/1001862380 
  11. ^ ほんものの「自己肯定感」を育てる道徳授業 小学校編 (道徳授業を研究するシリーズ). 諸富祥彦. 東京: 明治図書出版. (2011). ISBN 9784180886197. OCLC 745971765. https://www.worldcat.org/oclc/745971765 
  12. ^ 子供の自尊感情や自己肯定感を高めるためのQ&A”. web.archive.org. 東京都教職員研修センター (2011年). 2019年8月7日閲覧。
  13. ^ 江角, 周子、庄司, 一子「PG-073 中学生の自己肯定感とピア・サポートとの関連の検討(学校心理学,ポスター発表)」『日本教育心理学会総会発表論文集』第54巻、2012年、765頁、doi:10.20587/pamjaep.54.0_765ISSN 2189-5538NAID 110009802688 
  14. ^ 菅原, 隆志「自己肯定感を高める方法」『自己肯定感とは?』第21号、2020年4月、14–214頁。 
  15. ^ 三浦, 修平「自己肯定感とは何か : 総合的・実践的研究をめざして」『子どもの権利研究』第21号、2012年8月、118–126頁。 
  16. ^ a b 中間 2016, p. 117.
  17. ^ 「自尊感情」? それとも、「自己有用感」 ?” (PDF). 国立教育政策研究所 (2015年). 2019年1月25日閲覧。
  18. ^ a b 中間 2016, pp. ⅰ–ⅶ.
  19. ^ 古畑和孝, 岡隆『社会心理学小辞典[増補版]』有斐閣、2002年、89頁。ISBN 4-641-00218-5OCLC 676007104https://www.worldcat.org/oclc/676007104 
  20. ^ a b c 吉森丹衣子「大学生の自己肯定感における対人関係の影響 : コミュニケーションを重視して」『国際経営・文化研究』第21巻第1号、淑徳大学国際コミュニケーション学会、2016年12月1日、179-188頁。 
  21. ^ 太田肇(2019)『「承認欲求」の呪縛』新潮社。
  22. ^ 高垣忠一郎「退職記念最終講義 私の心理臨床実践と「自己肯定感」」『立命館産業社会論集= 立命館産業社会論集』第45巻第1号、立命館大学産業社会学会、2009年、3-14頁、doi:10.34382/00003295hdl:10367/6662ISSN 0288-2205 
  23. ^ 竹内健太「子供たちの自己肯定感を育む : 教育再生実行会議第十次提言を受けて」『立法と調査』第392号、参議院事務局、2017年、65-72頁、ISSN 09151338NDLJP:113825062022年12月19日閲覧 

参考文献

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  • ロイ・バウマイスター (著), ジョン・ティアニー (著), 渡会圭子 (翻訳) 『WILLPOWER 意志力の科学』インターシフト 2013 ISBN 4772695354
  • 中間玲子(編著)『自尊感情の心理学:理解を深める「取扱説明書」』金子書房、2016年。ISBN 4760826564 

関連項目

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