1981年(昭和56年)のスポーツについて記述する。

できごと

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総合競技大会

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アイスホッケー

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アメリカンフットボール

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大相撲

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競馬

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ゴルフ

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世界4大大会(男子)

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日本

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サッカー

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自転車競技

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トラックレース

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ロードレース

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テニス

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グランドスラム

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ボルグが全仏オープンで史上最多の6勝目を飾るが、ウィンブルドン選手権の決勝でマッケンローに敗れ、大会6連覇を逃す。全米オープンの男子決勝でもマッケンローがボルグを破る。結果として、この年の全仏オープンがボルグの最後の4大大会優勝となった(通算11勝)。全米女子シングルス優勝のオースチンは、ほどなくして背中の故障から“燃え尽き症候群”にかかって現役を引退する。ナブラチロワは1981年7月にアメリカ市民権を取得し、この年の全豪オープンからアメリカ国籍での優勝となる。

バスケットボール

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バレーボール

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ボクシング

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  • 三原正がロッキー・フラットに判定勝ちで新王者に(世界ジュニアミドル級)。アメリカ・ロチェスターでのタイトル獲得だった。

野球

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ラグビー

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誕生

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死去

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脚注

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  1. ^ “岩田寛 最年長メジャーV 43歳悲願、石川遼とのPO制し「ほんとんど遼の応援だと思ってた」”. Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社. (2024年6月10日). https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2024/06/10/kiji/20240609s00043000665000c.html 2024年6月10日閲覧。 
  2. ^ 三河賢文. “日本人初!宮地静香選手がプロクリケット選手として海外リーグと契約”. New Road. ネットワークコミュニケーションズ. 2022年5月18日閲覧。
  3. ^ Shizuka Miyaji”. Cricinfo. 2022年5月18日閲覧。
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