イアコフの書

wikisource:宗教 > 聖書 > 我主イイススハリストスの新約

聖使徒イアコフの公書

第一章

^一　イアコフ、神（かみ）及（およ）び主（しゅ）イイススハリストスの僕（ぼく）は、散（さん）じ處（を）る十二（じふに）支派（しは）の安（あん）を問（と）ふ。

^二　我（わ）が兄弟（けいてい）よ、爾（なんぢ）等（ら）種種（しゅじゅ）の試誘（いざなひ）に遇（あ）ふ時（とき）は、之（これ）を大（おほい）なる喜（よろこび）と爲（な）せ、

^三　爾（なんぢ）等（ら）の信（しん）の試（こゝろみ）は忍耐（にんたい）を生（しやう）ずるを知（し）ればなり。

^四　惟（たゞ）忍耐（にんたい）は完全（くわんぜん）なる行爲（かうゐ）を顯（あらは）すべし、爾（なんぢ）等（ら）が完備（くわんび）純全（じゅんぜん）にして、一（いつ）も缺（か）くることなからん爲（ため）なり。

^五　若（も）し爾（なんぢ）等（ら）の中（うち）に智慧（ちゑ）の足（た）らざる者（もの）あらば、夫（か）の咎（とが）むるなくして、徑（たゞち）に衆（しゅう）に與（あた）ふる神（かみ）に求（もと）むべし、然（しか）らば彼（かれ）に與（あた）へられん。

^六　惟（たゞ）信（しん）を以（もつ）て、毫（すこし）も疑（うたが）はずして求（もと）むべし、蓋（けだし）疑（うたが）ふ者（もの）は風（かぜ）に掀（あ）げられて碎（くだ）かるゝ海（うみ）の浪（なみ）に似（に）たり。

^七　此（かく）の若（ごと）き人（ひと）は何（なに）をか主（しゅ）より受（う）けんと想（おも）ふ勿（なか）れ。

^八　貳心（ふたごゝろ）の人（ひと）は其（その）凡（およそ）の路（みち）に於（おい）て固（かた）からず。

^九　卑（ひく）き兄弟（けいてい）は其（その）高（たか）きを以（もつ）て誇（ほこり）と爲（な）し、

^一〇　富（と）める者（もの）は其（その）卑（ひく）きを以（もつ）て誇（ほこり）と爲（な）せ、蓋（けだし）彼（かれ）は草（くさ）の花（はな）の如（ごと）く逝（す）ぎん。

^一一　日（ひ）出（い）でゝ、熱（ねつ）して草（くさ）を枯（か）らせば、其花（そのはな）は落（お）ち、其容（そのかたち）の美（うるは）しきは亡（ほろ）ぶ、富（と）める者（もの）も是（か）くの如（ごと）く其途（そのみち）に枯（か）る。

^一二　忍耐（にんたい）して試誘（いざなひ）を受（う）くる人（ひと）は福（さいはひ）なり、蓋（けだし）其（その）試（こゝろ）みられて後（のち）、主（しゅ）が彼（かれ）を愛（あい）する者（もの）に約（やく）せし生命（せいめい）の冕（かんむり）を受（う）けん、

^一三　誘（いざな）はるゝ時（とき）、何人（なんぴと）も我（われ）神（かみ）に誘（いざな）はると言（い）ふ勿（なか）れ、蓋（けだし）神（かみ）は惡（あく）に誘（いざな）はれず、自（みづから）も亦（また）人（ひと）を誘（いざな）はず。

^一四　即（すなはち）人（ひと）各（おのおの）己（おのれ）の慾（よく）に引（ひ）かれ、餌（ゑば）せられて、誘（いざな）はるゝなり。

^一五　慾（よく）既（すで）に孕（はら）みて、罪（つみ）を生（しやう）じ、罪（つみ）成（な）りて、死（し）を生（しやう）ず。

^一六　我（わ）が至愛（しあい）の兄弟（けいてい）よ、自（みづか）ら欺（あざむ）く勿（なか）れ。

^一七　凡（およそ）の善（ぜん）なる施（ほどこし）、凡（およそ）の全備（ぜんび）なる賜（たまもの）は、上（うへ）より、光明（くわうめい）の父（ちゝ）より降（くだ）るなり、彼（かれ）には變易（かはり）なく、遷移（うつり）の影（かげ）もなし。

^一八　彼（かれ）は己（おのれ）の旨（むね）に循（したが）ひて、眞實（しんじつ）の言（ことば）を以（もつ）て、我等（われら）を生（う）めり、我等（われら）が其（その）造（つく）りし物（もの）の初實（しょじつ）の果（くわ）と爲（な）らん爲（ため）なり。

^一九　故（ゆゑ）に我（わ）が至愛（しあい）の兄弟（けいてい）よ、凡（およそ）の人（ひと）は聽（き）くに速（すみやか）に、言（い）ふに遲（おそ）く、怒（いか）るに遲（おそ）かるべし。

^二〇　蓋（けだし）人（ひと）の怒（いかり）は神（かみ）の義（ぎ）を行（おこな）はず。

^二一　是（こゝ）を以（もつ）て爾（なんぢ）等（ら）凡（およそ）の汚（けがれ）と餘（あま）れる惡（あく）とを去（さ）りて、温柔（をんじう）にして、栽（う）うる所（ところ）の言（ことば）、能（よ）く爾（なんぢ）等（ら）の靈（たましひ）を救（すく）ふ者（もの）を接（う）けよ。

^二二　且（かつ）言（ことば）を行（おこな）ふ者（もの）と爲（な）れ、第（たゞ）聞（き）くのみにして、己（おのれ）を欺（あざむ）く者（もの）と爲（な）る勿（なか）れ。

^二三　蓋（けだし）言（ことば）を聞（き）きて行（おこな）はざる者（もの）は、其（その）本來（うまれつき）の面（おもて）を鏡（かゞみ）に視（み）る人（ひと）に似（に）たり。

^二四　彼（かれ）は己（おのれ）を視（み）て去（さ）り、直（たゞち）に其（その）若何（いか）なるかを忘（わす）れたり。

^二五　然（しか）れども自由（じいう）の全備（ぜんび）なる律法（りつぱふ）を鑒（かんが）みて、之（これ）に居（を）る者（もの）は、彼（かれ）聞（き）きて忘（わす）るゝ者（もの）に非（あら）ず、乃（すなはち）功（わざ）を行（おこな）ふ者（もの）と爲（な）りて、其（その）行（おこな）ふ所（ところ）に福（さいはひ）ならん。

^二六　若（も）し爾（なんぢ）等（ら）の中（うち）誰（たれ）か自（みづか）ら敬虔（けいけん）なりと意（おも）ひて、己（おのれ）の舌（した）に勒（くつわ）を著（つ）けず、乃（すなはち）己（おのれ）の心（こゝろ）を欺（あざむ）かば、其（その）敬虔（けいけん）は徒然（とぜん）なり。

^二七　神（かみ）及（およ）び父（ちゝ）の前（まへ）に純潔（じゅんけつ）にして無玷（むてん）なる敬虔（けいけん）は、即（すなはち）孤（みなしご）と嫠（やもめ）とを其（その）患難（くわんなん）の間（あひだ）に顧（かへり）み、且（かつ）自（みづか）ら守（まも）りて、世（よ）に汚（けが）されざるに在（あ）り。

第二章

^一　我（わ）が兄弟（けいてい）よ、爾（なんぢ）等（ら）は我（わ）が光榮（くわうえい）の主（しゅ）イイススハリストスを信（しん）じて、貌（かたち）を以（もつ）て人（ひと）を取（と）る勿（なか）れ。

^二　蓋（けだし）若（も）し人（ひと）金（きん）の鐶（ゆびわ）を穿（は）め、美（うるは）しき衣（ころも）を着（き）て、爾（なんぢ）等（ら）の會堂（くわいだう）に入（い）り、亦（また）貧（まづ）しき人（ひと）惡（あ）しき衣（ころも）を着（き）て入（い）らんに、

^三　爾（なんぢ）等（ら）美（うるは）しき衣（ころも）を着（き）たる者（もの）を顧（かへり）みて、之（これ）に爾（なんぢ）は此（こゝ）に善（よ）き處（ところ）に坐（すわ）れと曰（い）ひ、貧（まづ）しき者（もの）に爾（なんぢ）は彼處（かしこ）に立（た）て、或（あるひ）は此（こゝ）に我（わ）が足下（あしもと）に坐（すわ）れと曰（い）はゞ、

^四　則（すなはち）爾（なんぢ）等（ら）己（おのれ）の衷（うち）に判斷（はんだん）して、惡（あ）しき念（おもひ）ある裁判者（さいばんしゃ）と爲（な）るに非（あら）ずや。

^五　我（わ）が至愛（しあい）の兄弟（けいてい）よ、之（これ）を聽（き）け、神（かみ）は豈（あに）斯（こ）の世（よ）の貧（まづ）しき者（もの）を選（えら）びて信（しん）に富（と）ませ、彼（かれ）を愛（あい）する者（もの）に約（やく）せし國（くに）を嗣（つ）がしむるに非（あら）ずや。

^六　然（しか）るに爾（なんぢ）等（ら）は貧（まづ）しき者（もの）を藐（いや）しめたり。富（と）める者（もの）は爾（なんぢ）等（ら）を虐（しへた）げ、爾（なんぢ）等（ら）を裁判所（さいばんしょ）に曳（ひ）くに非（あら）ずや。

^七　彼等（かれら）は爾（なんぢ）等（ら）が稱（とな）へらるゝ美名（よきな）を瀆（けが）すに非（あら）ずや。

^八　若（も）し爾（なんぢ）等（ら）書（しょ）に載（の）する所（ところ）の王法（わうはふ）、隣（となり）を愛（あい）すること己（おのれ）の如（ごと）くせよと云（い）ふを行（おこな）はゞ、則（すなはち）善（よ）く行（おこな）ふなり。

^九　然（しか）れども若（も）し貌（かたち）を以（もつ）て人（ひと）を取（と）らば、則（すなはち）罪（つみ）を行（おこな）ひ、律法（りつぱふ）に對（たい）して犯罪者（はんざいしゃ）と爲（な）るなり。

^一〇　全律法（ぜんりつぱふ）を守（まも）りて、其一（そのいつ）を犯（おか）す者（もの）は、全律法（ぜんりつぱふ）を犯（おか）すなり。

^一一　蓋（けだし）淫（いん）する毋（なか）れと言（い）ひし者（もの）は、亦（また）殺（ころ）す毋（なか）れと言（い）へり、然（しか）らば爾（なんぢ）淫（いん）せずと雖（いへども）、殺（ころ）すこと有（あ）らば、亦（また）律法（りつぱふ）を犯（おか）す者（もの）と爲（な）るなり。

^一二　爾（なんぢ）等（ら）言（い）ふ所（ところ）、行（おこな）ふ所（ところ）、自由（じいう）の律法（りつぱふ）に由（よ）りて審判（しんぱん）を受（う）けんとする者（もの）の如（ごと）くすべし。

^一三　蓋（けだし）矜恤（あはれみ）を施（ほどこ）さゞりし者（もの）は審判（しんぱん）せらるゝ時（とき）に矜恤（あはれみ）を獲（え）ざらん、矜恤（あはれみ）は審判（しんぱん）に勝（か）つなり。

^一四　我（わ）が兄弟（けいてい）よ、若（も）し人（ひと）自（みづか）ら信（しん）ありと謂（い）ひて、行（おこなひ）なくば、何（なん）の益（えき）かあらん、信（しん）能（よ）く彼（かれ）を救（すく）ふか。

^一五　若（も）し兄弟（けいてい）或（あるひ）は姉妹（しまい）裸（はだか）にして、日用（にちよう）の糧（かて）に乏（とぼし）からんに、

^一六　爾（なんぢ）等（ら）の中（うち）の或人（あるひと）、之（これ）に安然（あんぜん）として往（ゆ）け、温（あたゝか）にして飽（あ）くを得（え）よと曰（い）ひて、其身（そのみ）に需（もと）むる者（もの）を之（これ）に與（あた）へずば、何（なに）の益（えき）かあらん。

^一七　是（か）くの如（ごと）く信（しん）も亦（また）行（おこなひ）なければ、自（みづか）ら死（し）せる者（もの）なり。

^一八　人（ひと）或（あるひ）は言（い）はん、爾（なんぢ）に信（しん）あり、我（われ）に行（おこなひ）ありと、請（こ）ふ、爾（なんぢ）が行（おこなひ）を兼（か）ねざる信（しん）を我（われ）に示（しめ）せ、我（われ）は我（わ）が行（おこなひ）に由（よ）りて、我（わ）が信（しん）を爾（なんぢ）に示（しめ）さん。

^一九　爾（なんぢ）神（かみ）は一（いつ）なりと信（しん）ず、斯（か）く爲（な）すは善（よ）し、魔鬼（まき）も亦（また）信（しん）じ、而（しかう）して慄（をのゝ）く。

^二〇　虚誕（きょたん）の人（ひと）よ、爾（なんぢ）は行（おこなひ）を兼（か）ねざる信（しん）の死（し）せる者（もの）なるを知（し）らんと欲（ほつ）するか。

^二一　我等（われら）の先祖（せんぞ）アウラアムが、其子（そのこ）イサアクを祭壇（さいだん）の上（うへ）に獻（さゝ）げて、義（ぎ）とせられしは、行（おこなひ）に由（よ）るに非（あら）ずや。

^二二　爾（なんぢ）見（み）るか、信（しん）は彼（かれ）の行（おこなひ）を助（たす）け、又（また）行（おこなひ）に由（よ）りて、信（しん）は全（まつた）きを獲（え）たり。

^二三　斯（か）く聖書（せいしょ）の云（い）ふ所（ところ）應（かな）へり、アウラアムは神（かみ）を信（しん）ぜり、此（こ）れ彼（かれ）に歸（き）して義（ぎ）と爲（な）れり、且（かつ）彼（かれ）は神（かみ）の友（とも）と稱（とな）へられたり。

^二四　然（しか）らば爾（なんぢ）等（ら）之（これ）を觀（み）る、人（ひと）の義（ぎ）とせらるゝは行（おこなひ）に由（よ）りてなり、唯（たゞ）信（しん）に由（よ）るには非（あら）ず。

^二五　同（おな）じく妓婦（ぎふ）ラアフも、偵使（ていし）を納（い）れて、之（これ）を他（た）の途（みち）より歸（かへ）らしめて、義（ぎ）とせられしは、行（おこなひ）に由（よ）るに非（あら）ずや。

^二六　蓋（けだし）靈（たましひ）なき體（からだ）の死（し）せる者（もの）なるが如（ごと）く、斯（か）く行（おこなひ）なき信（しん）も亦（また）死（し）せる者（もの）なり。

第三章 - 第五章